3月14日(火)~19日(日)の6日間にわたり新宿伊勢丹で行われた英国展を無事に終えました。開店前から本当に多くの方が早朝から並び9:30の時点で300名ほどという日もあり3年ぶりに本格開催された英国展の人気ぶりを確認することができました。
スコッツマンカウンターにも多くのお客様が来られお酒や料理、会話を楽しんで頂き本当にありがとうございました!
今回の英国展のような催事では何よりも準備が非常に大切になります。これはオテル・ドゥ・ミクニで三國シェフに付いて歩いたミクニフェアのときに散々「準備」について教えて頂いた経験があるからです。
ミクニフェアは四谷のオテル・ドゥ・ミクニで仕事をするのではなく、他のレストランの厨房で三國シェフの料理を作りお客様に提供をすることです。お客様は三國シェフの料理を楽しみに予約をしたり来店をしてくれます。場所が変わろうと三國シェフの料理を提供することが目的です。料理を提供するという確定していることを段取りよく取り行うために「準備」があるということです。
普段何気なく使っている「準備」という言葉。「明日の準備しておいて!」「これ準備したの誰だ!」などなど、日常的によく使われる言葉の1つだと思います。
では、この「準備」という言葉を辞書で調べるとこのように書かれています。
【準備】
引用:goo辞書
[名](スル)物事をする前に、あらかじめ必要なものをそろえたり態勢を整えたりして用意をすること。「実験の―を進める」「心の―」「会議資料を―する」「―万端ととのう」「下―」
[用法]準備・[用法]用意――「食事の準備(用意)が整った」「外出の準備(用意)をする」「研究発表の準備(用意)をする」など、前もって整える意では、相通じて用いられる。◇「準備」は、「大会の準備をする」といえば、必要な物をそろえるだけでなく、そのための組織を運営することをも含み、総合的であるといえる。◇「用意」は「大地震にそなえて十分な用意をする」「当日は上履を御用意ください」のように、必要なものを前もってそろえておくことに意味の重点がある。◇類似の語「支度」は、必要な物をそろえる具体的な行動をする意に用い、「支度金」は必要品を買いととのえる金銭であり、「食事の支度をする」は、材料をそろえて調理することである。
あらかじめ必要なものを揃えたり体制を整えたり、このように説明がされています。一般的にこのような意味で捉えているものだと思います。しかし、僕はこの「準備」を違う形でとらえています。それをオテル・ドゥ・ミクニの厨房で散々言われてきました。直接的に言われたのではなく、意味を考えなさい。ということです。
小タイトルに書きましたが、この「分かっている未来に備え必要なコト、モノを揃え備えて先回りをしておく」ということが「準備」なんだろうと教えられた気がしています。
厨房で仕込みをする、準備をするというのは、予約をして来店をするお客様の人数が分かっています。そして食事をするということも分かっています。その分かり切ったことへの備え。この備えが出来ているから急な変更ごとにも対応ができます。そして完璧だと思わないこと。自分だけでなく相手がミスをする可能性もあります。それに対してイラッとしてしまいます。ちょっとしたミスは想定内、大目に見るくらいが丁度良かったりします。それくらいの方が焦りません。
僕は洗い場でしたが営業中に通常であればギャルソンがお客様のオーダーをシェフに渡し、シェフが読み上げて厨房が動き出します。しかし、僕はシェフが読み上げる伝票の係を任せられました。僕の一言で厨房の先輩方が動き出します。それだけでなく、三國シェフも動くという非常に重要な役目です。
厨房の前をお客様が通ったとき、そのお客様はご夫婦なのか、記念日なのか、接待なのか?通ったときだけでも色々なことが予想準備することができます。ご年配のご夫婦であれば、何かご夫婦の記念日ということの確率が高くなります。それに量も少ない方が良いかもしれないとも予想できます。記念日であればギャルソンに確認をしてパティスリーに記念日のプレートなどを早めに伝えることも可能です。どんなお客様が誰と何名で男女の比率は・・・色んなことを先読みして備えに取り掛かる。厨房では一瞬しかお客様を観察することができないので、ギャルソンの方々と仲良くなって自分の目がお客様のいるフロアにあるような感覚でギャルソンの方々に細かく情報を聞いて、頭で処理して要所要所をシェフや厨房に伝える。ここに間違いが有ってはいけないので最終通達みたいなものです。全て先読みです。
観察をすることで直ぐに訪れる未来が見えてくるようになります。そのための備えを先回りをしてしておく。これが僕が叩き込まれた「準備」です。
既に訪れるであろうコト、モノに対して備えをしておく。当然ながら準備をしておくから心に余裕が生まれます。何かあっても準備をしておくことで直ぐに変更事項に取り掛かることが可能になります。きっと準備をしておけば完了というパターンが多いと思います。しかし、僕にとっては準備後の掃除をすることで、準備だけよりも余裕が生まれ、更に快適に料理をすることができます。
オテル・ドゥ・ミクニの厨房ではすべての仕込みが終わった後に、厨房をピカピカにしてお客様を迎えます。これからここで料理をしますよ!そういう合図をお客様に無言で伝えています。汚い厨房よりはピカピカな厨房の方が印象も良いです。仕込みというのは非常に汚れることも多いのですが、それを最初の状態ように戻すことをします。銅鍋も熱を加えると変色してしまうので場合によっては磨き直しです。コンロの五徳は油が飛び跳ねていないか、ダスターは真っ白な状態か、シンクに洗い物は無いか。ここでもそうなのですが、この奇麗に掃除をすることも準備のひとつで、奇麗にできるということは仕込みも終わっていて営業体制が取れている証拠です。さらに掃除をすることで精神統一ではありませんが、心を落ち着かせることができます。
なので、英国展でも同じです。先ずは仕込みを完璧に終わらせるということが大前提で、伊勢丹のオープン前に周りを拭いたりダスターをキレイに洗ったり、モノの配置を正したりする余裕があることで、開店時のラッシュに備える体制ができます。ここまでやって準備になります。
大切なことは準備を終えることではなく、営業開始への体制に備えを正しておくこと。
「先回り」とは逆に「後追い」という言葉もあります。先回りをすると余裕が生まれます。後追いすると余裕は無くなります。
洗い場時代に厨房のゴミをすべて回収するという仕事があります。清掃車が来ると魚を下処理する専用の厨房があり魚担当の人が清掃車が来たことに一番最初に気が付きます。そうすると電話で「ゴミ屋さんが来ました」と連絡が入り、下っ端の洗い場の人間がゴミをすべて回収に走ります。もうバタバタです。
しばらく教えてもらった通りに「ゴミ屋さんが来た」という連絡がきたらゴミを回収していましたが、「来てから回収するから自分の仕事も手が止まり慌てるんだ!」と理解をしました。よく考えればゴミ屋さんが来る時間はほぼ同じ。なら先回りをして先にゴミを回収してゴミ置き場に置いておき、ゴミ屋さんが来たら「回収済みで全てです。お願いします。」と伝えれば自分のペースで仕事ができることに気が付きました。これは大きな発見でした。
ゴミを先に回収しておくことで自分の仕事に余裕ができるだけでなく、まわりに影響をすることにも気が付きました。「回収しておいてもらえると作業が早く終わるよ!」ゴミ回収をする清掃員の方に言われ「なるほど!」と思いました。自分のペースで仕事をしたいから先にゴミを回収したことが、清掃員の方にも役に立っていた。という結果がプラスされました。自分以外の人の仕事のペースや、やり方を見てクセをつかみ、先回りをすることで気持ち良く仕事をすることができます。
言われてからする仕事も、自分から先回りをしてする仕事も、労力は何一つ変わりません。同じです。しかし、言われる前にすると精神的に余裕が生まれます。このような精神状態の中で仕事をするので疲れなくなります。出来も良くなります。この小さな積み重ねが仕事の質にも影響をして、先輩方からの評価にもつながっていました。
仕事をする中で「言われる前に気付け!動け!」とよく言われることがりますが、そのことから得られるものに気が付いた人間から前に進んでいくのだと思います。
三國シェフの最新刊では「雑用」に触れています。この雑用、だだの面倒な雑用と思っていては何も面白みもありません。その雑用をどうやって楽しめるか。どうやってクオリティーを上げるか。そういう自己満足的な楽しみ方や見方ができるようになると、その雑用に対する自分の仕事にプライドを持てるようになります。そうなったときには、きっと誰かが気付いてくれるはずです。
スコッツマンでもカウンター内で仕事をしている位置から見えるところに置いています。
三流シェフ 三國清三(著)