神楽坂で2011年にスコティッユパブ「ザ・ロイヤルスコッツマン」を開業しながら、2021年より無農薬農業を始め、食を通じての体験や考えをまとめたブログです。食育インストラクターでもありオーガニックの普及に努める。国内では珍しいスコットランドの民族楽器バグパイプ奏者で全国のビールやウイスキーのイベントでの演奏も行っています

生姜の収穫から考えた単純作業という仕事

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4月26日に定植をして11月11日まで約7ヶ月。初めて農業を始めて何も分からないけど、とにかくやる!そんな思いで始めた生姜の栽培。7日間にわたって初めて収穫というものを行いました。

作物は植えたら収穫ができるとは限りません。もしかしたら自然災害でダメになってしまう。病気になってダメになっエしまう。最近では盗まれてしまうということも起きています。何にせよ、ちゃんと収穫が出来るということが嬉しいですし、これまでの7カ月のことが、つい最近のことかのようにもい起こされ色々な感情が湧き出てきました。

農業を始め、収穫をすることで1週回ったなという気持ちと同時に、収穫をした作物の出口という販売のことも今まで以上に考えています。

収穫は黙々と同じ作業を繰り返す

生姜の収穫

土に植わっている生姜は、当然のことですが掘り起こしたり、引き抜くことが必要な作物です。作業の流れは非常に簡単です。

1:茎が出ている付近にスコップを突き刺す。
2:ちょっとスコップを起こすようにして土を持ち上げる。
3:生姜の茎をもって引き抜く。
4:種生姜を確認する
5:茎と値を切り落とす
6:コンテナに入れる

たったこれだけの作業です。

単純作業はどれだけ手を早く動かすことができるかが大切ですが、やり方もとても大切な要素です。左から右に流れるのか、それとも右から左に流れるのか。些細なことですがちょっとした時間のロスが大きな時間のロスになるのは言うまでもありません。なぜなら0.5反(150坪)を一人で行うからです。

単純作業をいかに面白くするか

アイデア

同じ作業を繰り返すことをフレンチをやっていたときに連日のようにやっていました。皿洗いが良い例です。ただただ運ばれてきたお皿を洗うという仕事です、

単純作業は同じ作業の繰り返しなので飽きが来ます。そしてマンネリ化して作業が遅くなっていきます。当時18歳だった僕は洗い場から抜け出すことをいつもいつも考えていました。「どうすればキッチンの仕込みに参加が出来るんだ?」皿洗いはお皿だけを洗うのではなく、キッチンの鍋磨き、その他、数えきれない雑用の中に諸先輩から言われる雑用です。この諸先輩から言われる雑用というのが僕の中で一番大切で「雑用」ではなく「仕事」だったからです。キッチンの先輩から言われるというのは料理に関係する仕事のうちの1つだからです。その仕事を1日に何個もらえるかを自分で競っていました。

そのためには、いかに洗い場の仕事を終わらせておいてフリーな時間を作っておくかということに限りました。なので皿を洗う、鍋を磨くという単純作業をいかに楽しく、ゲーム感覚で行えるかということを考えながら手を動かしていました。人参を冷蔵庫から盛ってくる、魚の切り身を運ぶ、そんな小さな仕事が洗い場の僕には「料理に関わっている!」という感覚でしかありませんでした。だから考えていました。

一人競争をして一人で速さを競う

僕は今でもこのやり方をしています。自分一人で自分と競い合い、ゴールに向けて競争をする。「今日はこの仕事をこれくらいで終わらせるぞ!」と目標を設定したら、ただただ手を早く動かすだけでなく、なるべく無駄のないような動きはどうしたらいいのなか?と考え最初は色んなやり方を試しながら

「Aのやり方は最初は良いけど、いまいちやりにくい!」

「Bのやり方は動きに無駄がある」

「Cのやり方が疲れないけど、あきれる」

ちょこちょこ試しでやってみて自分に合うやり方を見つけていきます。ピタッと合う感じがあるので、そうしたら一気にその単純作業を考えるよりも先に手足を動かして進めていきます。

そこに、もう一人の自分を競争相手といて、少し前の位置に置いておいて追いつき、追い越すように競争心をあおって仕事をします。仮想敵が自分なわけです。だから自分に少しでも甘くなると作業速度も落ちてしまうという懸念もあります。なので時間というゴールを付け足します。「〇〇時〇〇分までに、ここまで終わらせる」この時間設定は長くても1時間先にしています。そうしないと集中力が切れる可能性があるので、全快を維持できる時間を設定し、達成をしたら少し休憩をして再度同じセッティングをしてスタートする。この繰り返しです。

単純ですが、単純作業だからこそ、短期的なゴール設定が大きな意味を持っています。そのゴールを何度も達成していくと「ちょっとした達成感」を何度も繰り返すので「もぅともっと!」となって行きます。目的やゴールが無いと単純作業は本当にただの単純作業になってしまいます。その仕事に何か意味を考えることで意味のある仕事になり、意味のある仕事をしていると思うと。その単純作業の大切さに気付きます。

楽しいだけじゃないと思った方が楽(らく)

どんな些細な仕事でもやりたくない!つまらない!と思いながらやっていると、精神的にも肉体的にも非常に辛いものです。その仕事が好きなら、どんな些細なことでも耐えられるかもしれませんが、全員がそうでは決してありません。

いつも楽しくて充実をしていて、職場の人間関係も良く笑いが絶えない。そんな中で仕事している人の方が少ないのかもしれません。それでも仕事をして行くことを大半の人は自分で選択をしています。自分で選択をしたんですね。

どんなに好きな仕事でも嫌なことはあるでしょう。好きだからこそ見えてしまう現実を受け入れたくないと思ってしまうこともあると思います。そして稼ぐということが生活をすることに必要なもので、その稼ぎから自分の好きなことに使ったり、目的のために貯蓄をしたり、将来の楽しいことのために仕事をするということもあります。

お金を稼ぐことができるのなら立派な仕事です。楽しいことを仕事としてお金を稼ぐだけが仕事ではありません。目的を達成するために一時的にでもお金を稼ぐために嫌な仕事をするのは大変なことだとは思いますが、そもそも仕事は楽しいだけじゃないと素直に認めた方が気分が楽になる場合もあると思います。

フランスへ行くときに超短期で肉体労働のアルバイトをしました。疲れるんだろうな・・・という気持ちでいっぱいでしたが「フランスへ行く資金」という目的のために「短期でお金を稼ぐ」と決めたので、嫌々だった肉体労働の仕事は現場の先輩方との話の場になり楽しく思えるようになりました。辛いけど、渡仏資金という目的の転換が良い方向になりました。

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効率化だけではない

「効率よく仕事をしよう!」「生産性を上げて行こう!」企業だけでなく、今や学校でも言われるような言葉だと思います。でも、ただ効率の良い仕事が本当に良い仕事かというと、僕はそうだとは思っていません。

効率化や生産性だけを求めると、いつか必ず燃え尽きてしまう。

フレンチの仕事をしていたときに「仕事をこなす」能力が抜きんでた人がいました。何かあっても、あの人に渡せばどうにかなってしまう。そんな人でした。ただ、その人は何かがあっても良いように準備をして、どんなことにも、どんな要求にも応えることができる準備体制を確実に取り、対応できる技術を練習している人でした。その部分はあまり見えていなく、仕事をこなす姿だけを見られていました。

効率よくし仕事をするのは大切だけど、遠回りをして、何度も失敗をするから無駄なことが分かる。その無駄を見つけるために遠回りをして、1個ずつ無駄を潰して自分にとって最良の方法を見つけるのが楽しい。だから無駄な努力をしているとは思わない。その結果、最終的に効率が上がり仕事も早く終わり楽しい。

と、言っていたのが忘れられません。
無駄なことを無くす努力をするために、無駄を見つけることに楽しさを感じ、その無駄がなぜ無駄なのかまでの原因を考え、最短で仕事を終わらせる。そんな人でした。なので何があっても慌てずに自信すらも感じる仕事ぶりでした。

さらに良く言われた言葉が「楽(らく)して楽しむのが最強!」

最初に聞いたときは「何言ってんだこの人は?」と思い「手を抜いてどうすんだ!」そのようなネガティブな思いもありました。しかし、その人を見ていると本当に楽々と仕事をして、いつも楽しそうに悩んで解決をして行く。その姿が不思議だなと。先に書いたような出来る限り無駄なことをしない。そういう考えと行動をしているから、どんどん仕事をして良くしていたんだろうなと今になって思います。

まとめ

「無駄」これは仕事だけの話ではないと僕は思っています。僕自身、本当に多くの無駄に時間を費やしたし経験をしてきました。そしてその無駄を嫌い経験をしていない人に会う機会も多くありました。

ただこなすだけ、ただ効率を求めるだけ、無駄を省き効率だけを求めている生活を過ごしている人がいたとしたら、そんな生活はつまらないんだろうな。

そう僕は感じてしまいます。その無駄が話のネタになったり、経験となってその人の人間味や深さになって表現され、その人を印象付けるものと思います。

他人が無駄と思うことに、別の人は面白さを感じることのあることなんて、これだけ多くの仕事や生活があるなかでは当然の結果です。「結局のところ、やってみないと何も分からない。」

今の無駄が将来変永久的に続くことがあるかは分かりません。いつの日か無駄と思っていたことが役に立っていたということもあり得る日が来るかもしれません。

「とりあえずやってみないと、無駄かどうかも分からない」そう思っているからこそ、自分から無駄を経験に行ってしまうのかもしれません。じゃなかったら僕という存在を楽しんでいられませんので。

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