アフタヌーンティーという英国のお茶文化は、ここ日本でも体験し味わうことが出来ます。日本各地で行われる英国展では多くのイギリス好きな方で溢れますが、筆頭すべきことはスコーンをはじめとする英国菓子の人気です。先日行われた日本橋三越での英国展初日は200分待ち以上も並んでお目当ての商品を購入するお客様も多く、その人気ぶりというか過熱ぶりを感じました。
昨年11月にお話を頂き、シャーロックホームに合わせてのハイティー(お酒を含むアフタヌーンティー)での英国料理&菓子の依頼を受けてから、今まで以上に英国菓子という文化が好きになりました。
イギリスの女王として世界に名をはせるエリザベス女王、そのエリザベス女王はアフタヌーンティーは欠かさないとも言われ、元英国シェフは、女王が好きなケーキは、蜂蜜とクリームスポンジ、ジンジャー、フルーツのケーキなんだそうで、なかでもウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式でも出されたチョコレートビスケットのケーキは大好物なんだそうです。
現在のエリザベス女王は2世です。95歳という年齢を感じさせません。チョコレートが大好きで、先に上げたチョコレートビスケットケーキは毎日1カットずつ切って最後まで楽しむんだそうです。
英国女王というと豪華絢爛なイメージがありますが、色々と調べていると実は質素だということが分かります。その中で最近、良く作っているのが女王の名を冠にした「ヴィクトリアスポンジ」です。このケーキもとてもシンプルで質素なケーキです。これといったデコレーションも無く、クリームとジャムをスポンジケーキで挟んだだけ。フランス菓子にあるような派手さは一切感じません。しかし、このケーキは本当にイギリスらしいなと思ってしまいます。イギリス菓子というと、やはりボウル1つで混ぜて焼くだけという工程の簡単さ、材料のシンプルさがありますが、このヴィクトリアスポンジも同じこと。
フランス料理を長いことやってきて、それなりにお菓子も作ってきていています。チョコレートは好きだし、クレームブリュレのようなお菓子も大好きです。でも、今はこのビクトリアスポンジには勝てるお菓子が見当たりません。何でだろうと自分でも考えていたのですが、それはヴィクトリアスポンジを作る際に調べていたことが大きく影響をしていると思いました。僕は何か新しいものを作るときにレシピ以上に調べるものがあります。それは・・・
こんな時代だから、こういう材料を使うんだな!
こういう人物がこういう思いで作ったんだな!
このことを調べることが、僕がお菓子だけでなく、料理を作るときにも、まず考えることです。そして、このヴィクトリアスポンジにもとても良いお話がありました。
ヴィクトリア女王(現在のエリザベス2世の高祖母。1819年5月24日 – 1901年1月22日))は夫のアルバート公と非常に仲がよかったと伝えられ結婚をしてからも変わらず、むしろ、これまで以上にも愛情に満ち溢れたと言われています。アルバート公とはヴィクトリア女王の一目ぼれから始まったと伝えられていて、4男5女の9人の子供にも恵まれ、良き家庭の模範としてイギリス国民に大変人気がありました。
そんな仲睦まじいお二人でしたが、1861年にアルバート公が42歳という若さでこの世を去ってしまいます。女王の悲しみはまわりの人間が考え思う以上に深く、アルバート公亡き後の生涯を喪服で過ごしたことはよく知られています。
その落胆ぶりに宮廷の人も大変心配をしたそうです。エリザベス女王はイギリスの南にあり自然に囲まれ静かなワイト島にある別邸「オズボーンハウス」で1年の内の数カ月を過ごごし、人目を避けるような暮らしまでしていたそうです。しかしそのような状況でも女王としての公務が待っています。開いたティーパーティーで振る舞われたのが、このケーキでした。この非常にシンプルで素朴なケーキを女王がとても気に入ったこが由来して「ヴィクトリア」という女王の名が付いたと言われています。
ヴィクトリア女王は、自身で「意見されるほど感情が高ぶりやすい性格」と語っていたといいます。そんな彼女だからこそ、最愛の夫が亡くなってしまったことで窮地にも追いやられる心境だったのかと思います。そのなかで提供されたケーキの素朴さや、シンプルな味は、女王の家庭的な心を癒し、救ってくれたものだったのかなと思っています。この家庭的なケーキは瞬く間に人々の間に広まって、人気が出て、21世紀の今でも150年ほどに渡りティータイムの定番ケーキとして人気があります。
アルバート公に関しては、2019年8月に生誕200周年を記念して、彼にまつわる写真や手紙、そして公文書等をロイヤル・コレクション・トラストが一般公公開され、さらに「Prince Albert : His Life and Legacy(アルバート公:彼の人生と遺産)」というタイトルのwebページも公開されました。そのなかで数々の歴史的文書を確認することができます。
ヴィクトリア女王は激動の時代を生きました。産業革命により、経済が発展したと同時に、世界の4分の1がイギリスの領地という、大英帝国の繁栄の象徴でした。そのとき王位についていたため、当時のことを「ヴィクトリア朝」と言います。イギリス人にとっては一番の栄光の時代でもあります。
女王は帝国主義を指示しながら、植民地の人々を「女王陛下の臣民(しんみん:君主に支配されている人)」という立場をとっていました。エリザベス女王は、当然なのですが女性ということも影響し、世界中の臣民たちの「帝国の母」として、そして「子供」たちである世界中の臣民たちに深い愛情を注ぐイメージが当時についたとされています。
このことを代表する話が、カナダのインディアンはヴィクトリア女王のことを「白い母」と呼んで敬意を払っていたそうです。さらに、ジャマイカの黒人が反乱を起こし裁判所を襲撃したとき「我々はヴィクトリア女王陛下に反乱を起こしているわけではないから、陛下の所有物を略奪してはならない」と、囚人服を置いていったと伝えられています。
1857年にはインド大反乱が起こりました。イギリスはこれに勝利し統治しました。これによりヴィクトリアは「インド女帝」と俗称されるようになったといいます。統治をしても女王は「再反乱を防ぐには寛大でなければならない」と信仰や宗教を自由として「人種に寛大なる母」という印象を抱かせるように努めたとも言われます。
長年愛され作られているヴィクトリアスポンジ、現代では様々なジャムを挟むスタイルがあり、スポンジにもベーキングパウダーを使いふんわりと仕上げる傾向にありますが、僕はクラシック料理が好きなのと同じでクラシックなお菓子が大好きです。「ふんわり」より「どっしり」という印象。ベーキングパウダーによりスポンジに気泡ができるのではなく「みっちり&ぎっしり」で。ラズベリージャムを使うのがクラシックです。そして重要なこととして1枚のスポンジを焼いて半分に切り使うのではなく、2枚のスポンジを焼いて使うことです。
イギリスにはビクトリアスポンジ用の型があるほどです。通常のケーキの焼き型は深さもありますが、ヴィクトリアスポンジ用のものは、それよりも浅めな仕様になっています。Amazon UKから画像をお借りしてリンクします。日本でも気軽に買えると良いんですが・・・一応、同じようにAmazonで購入ができるみたいなのですが、変なものが来ても嫌なので・・・あえてリンクはしません。
材料も非常にシンプル、小麦粉、砂糖、バター、タマゴが同じ分量です。僕が通常作っているレシピをご紹介します。
※レシピの分量は店舗で作ってるもので20cm型×2枚分です。ご家庭で作るときは、半分の分量で15cm~18cmの型1個で焼いて半分に切って仕上げた方が良いと思います。
■スポンジケーキ (20cm×2枚分)
■ジャムとバタークリーム
■事前準備
※スポンジ用とバタークリーム用のバターは柔らかくポマード状に常温で戻しておく。
※スポンジ型にバターを塗ってオーブンペーパー等を張り付けておく。
※小麦粉は2度ほどふるっておく。
※たまごはボウルに割り入れホイッパーでしっかり混ぜて常温に戻しておく。
※オーブンは180℃にセットしておく。
■ スポンジを焼く(2枚分)
■ バタークリーム
■ 仕上げ
作り方自体は非常に簡単です。ボウルに木べらで混ぜるだけで作れますが、これが英国菓子の醍醐味の1つだと僕は思っています。
お菓子というとアレを用意して・・・コレを用意して・・・と面倒に思ってしまうことが多いと思います。でも、英国菓子に限って言えば、そんなことは無いと思います。フレンチをやっていたということもあるとは思うのですが、デザートというとフランス菓子の印象が日本では強いので、デザートは難しいとなってしまったのではないかとすら思っています。
「華やかなフランス菓子」
「素朴な英国菓子」
このようなイメージがありますが、これは一般的にそう思われていそうな感じがします。そして・・・個人的な意見を付け足すとすれば・・・
「ときどき食べたいと思うフランス菓子」
「毎日食べても飽きない英国菓子」
これは僕個人のフランス菓子、英国菓子に対する印象です。フランス料理を長年やっていたから両方の良い部分、悪い部分は理解をしています。現在はスコッツマンというパブをやっていますが、フレンチなりビストロに行けばデザートを食べますし、パティスリーで買って食べることもあります。さらに自分でも作ります。そんな僕が英国菓子に魅せられるのは、その飾りっ気のない日常のお菓子だからなのかもしれません。