開店をした2022年12月19日、つい先日11周年を迎え12年目に入りました。
本当にいつもありがとうございます。
特に2020年以降はコロナ禍という初めての経験をしながらの時短営業、そして禁酒営業をしながら店舗を続けたことで様々なことを勉強し、2021年2月からは農業をはじめ、11月下旬に収穫を終え、これで2期目も無事に終わりました。
そして最終営業日を終え考えていたことを書いてみます。
「石の上にも3年」という言葉があります。継続をすることの大切さを教えてくれる言葉です。僕自身も飲食の道に16歳で入り下積みの洗い場時代のときはまさにこのような気持ちで毎日毎日、鍋や皿を洗い続けました。
しかし、仕事と言っても洗い場です。配膳という仕事があるように洗い場なら誰でも続けられることですが、その仕事にどんな意味を持つのかという部分が大切だと教えられ過ごしていました。それが、この2020年春から続くコロナ禍の時期に非常に考えさせられました。そのことを書いてみたいと思います。
コロナ禍の中、多くの飲食店が休業という形を取りました。時短営業もありましたし、禁酒営業もありました。僕の店舗はお酒がメインですから生命線を断たれたようなものです。しかし、お店は閉めませんでした。時短なら時短の範囲、禁酒なら禁酒の範囲でスタッフと何が出来るかを話し、それを実行してお客様を迎え入れる日を続けました。
人は忘れる生き物です。何かで読んだことがあるのですが「店舗に行かなくなる理由」という質問で一番多い回答は「何となく」なんです。つまりあまり意識はしていないんだけど、新しいお店が出来たからとかそういう理由で選択から外され忘れられて行ってしまうということです。
なので、忘れられないためにも「今日も元気にオープンします!」というメッセージを常に発信をし続けました。あの時期に来てくれる理由が必要なので、のり弁をはじめとしたお弁当、そしてお惣菜。さらにお菓子やお肉へと広げました。ここには「やってます!」というメッセージ以外に「店舗とお客様を意識的に繋げておく」ということも僕の中にはありました。SNSやブログ、それよりも踏み込んだメルマガなど「こんなことをやると思います」「こんなことをやります。」常に意識してもらうことを続けました。
お客様の頭の中に「スコッツマン」が繰り返し繰り返し意識されるよう、忘れられないようにするために何があっても閉めずに開店を選んだ経緯があります。
これは「①忘れてしまう」という事の延長上にあって少し触れてもいるんですが、野球で有名なイチロー選手はとても心に響く言葉をいくつも言っています。
・やり抜く事は才能
・小さな事を積み重ねる事が、とんでもない所へ行くただ1つの道
イチロー選手は誰よりも小さな練習を愚直に繰り返してきた選手です。その結果、天才と言われる選手になったわけですが、そこまでの過程である練習の継続を忘れてはいけません。そして続けないと天才でい続けることが出来ないんです。
もし、日本だけで野球を止めてしまったら、あんな偉大な記録の数々を残すことも出来なかったですし、多くのアメリカの野球ファンに愛される人物にはなっていなかったはずです。止めてしまった時点で終わりになります。
続けることの大切さはそのものの大小に関わらず、その大なり小なりの意味もしっかり考えて継続をする。凡人が天才になる手段は、天才になるまで続けなければいけません。続けなければ凡人のままで終わります。結果を出すためには、まず始めなければいけない。と言いますが、それよりも継続をしないと何も始まらないということです。
ウォーキングでもトレーニングでも、正直な話し続けるということだけに意味を置けば誰でも続けることが可能です。事故にあって動けなくなるとかしない限りは続けることが出来ます。ある意味、簡単なことなのかもしれません。
しかし、続けるという行動には「忍耐力」が必要になります。
コロナ禍で時短営業ならまだ許せるものを、そこに禁酒まで重なったときには、きっと多くのお店、特にバーは一時閉店を選びました。しかし、僕の場合はもともとが料理を専門でやっていたので「料理までは止められていない。アルコールが止まっただけだ。」だったら「自分で栽培をしている生姜を使ってドリンクにしよう!」そう思い、ジンジャーシロップだけでなく、生姜から思いつくドリンク類やジンジャービアというアルコール飲料ではないドリンクを作り提供をしました。そうすると飲んだことのない自家製のジンジャービアを求めてお客様が来店をしてくれ、食事もしてくれます。単価は落ちますが、それでもお店の中では限られた時間の中で、限られた商品で飲食を楽しんでくれました。
「やはり飲食業は素晴らしい職業だ。」
そういう結果を手に入れることが出来ました。あのどうしようもない時期をスタッフと協力して日々やり遂げたことで、今は何があってもかかってこい。というような雰囲気が自然とあります。毎日毎日、何が出来るかを考えた日々は僕らの基礎を固めてくれただけでなく、心から来店をしてもらえることへの感謝と、飲食業が人々に与えることのできる幸せを、ただ思ったというような表面的なことではなく、心底深い部分から感じ取ることが出来た結果をくれました。
続ければ続けるほど大変さをも知りました。それでも続けないと結果は見えませんし味わうことはできません。続けなかったら終わりなんです。続けても得たい結果が得られる保証は何一つありません。しかし、続けなければ得られる結果すらありません。その結果がどんな結果であれ、それを得るために続けるということを学びました。
タイトルだけを見ると③の意味がないじゃないか!と思うかもしれません。
結果を出すために継続をするわけです。いろんな問題課題を抱えながらも繰り返し繰り返し行って、自分が欲しい結果のために努力をする。もちろん大切なことです。しかし、僕自身は結果も大切だけど、その過程の継続をしていることも大切だと思っています。
僕に取って継続という行動は「経験」を与えてくれます。多くの飲食店が休業に入った中で開店をし続けるということで「コロナ禍のあの時期を休業しないで乗り越えた」という経験をくれます。そして、この経験は多くの店舗では得られることのできなかった経験です。僕も16歳から飲食業に関わり、飲食店で飲食をしてはいけないというような空気感を味わいながら日々の営業をすることは始めてです。当然のこと日本中がそうでしたし、世界中で同時多発に起こりました。
その厳しい環境下の中でも続けたことで、様々な経験を得ることが出来ました。やらなければ得られることのできなかった経験です。一生忘れることのできない経験になりました。自己満足かもしれませんが、僕はこの経験を誇らしく思います。
何かを始めようと思っても、実際に続けることが出来ている人は極わずかです。だから継続ができていれば多くの人よりすでに勝っている状態です。勝ち負けの話ではありませんが、ダイエットを例にします。3kg痩せたいという同じ目標を持った3人がランニングを同時に始めたとして、Aさんは3日目で止めて諦めてしまった、Bさんは1週間で止めてしまい目標を諦めてしまった。しかしCさんは1か月続いて目標を達成できた。こうするとAさん、Bさんに勝つことができます。ただ続けただけです。
継続をすることで全体の数パーセントに入ることが可能になります。その少数派に入ることができたら楽しいことがたくさんありそうな気がします。
店舗を開け続ける。そのためにお弁当に力を入れる、テイクアウトをする、デリバリーも可能にする、通販をする。色んな取り組みを増やしました。そしてお弁当を地域でこれまでやっていなかった店舗の中ではどこよりも早くはじめ、続けたことで、それを目当てに来てくれるお客様が増え、通常営業と変わらないか平日ではそれ以上の売上げをたたく日もありました。お弁当なんてまともにやったことが無かったので物凄く大変でした。食品衛生上の問題もあったりします。なので緊急事態宣言に多くのお店が始めましたが、直ぐに止めて行きました。それはそうです。通常の飲食店の厨房システムでお弁当やテイクアウトは無駄も多いし難しいです。調理道具からして違うし、厨房の作りも違います。
なので「やっているお店」として地域認知されました。思った通り結果でした。「多くの飲食店でのテイクアウトは続かない。そして単価を取ろうとするから高く設定をする。有名店なら問題ないけど一般の飲食店ではそれはキツイ。なら1週間に3回来てもらって単価を調整する。」そう決めて取り組みました。料理を長いことやっていたので時間さえかければ可能なことなのは分かっていました。既製品は使わずに全部手作業にする。「コロナ禍で食事ができにくい環境で、コンビニや冷凍食品ではなく、料理人が作ったものを自宅で食べてもらう」これを徹底的に守ったことで認知されるという記憶を勝ち取ることができました。このときに初めて知ってくれた地域の方も多く、その方々は今は通常営業の店舗に来店をしてくれ飲食を楽しんでくれています。「継続は力なり」です。
やはり目標があるから継続をすることができます。コロナ禍の日々での目標は「飲食をする時間を店舗でも家でも楽しんでもらう」このことをスタッフと共有をして日々の営業を僕らも楽しみました。
・飲食をたのしんでもらう
↓
・飲食をする時間を楽しんでもらう
↓
・飲食をする時間を店舗でも家でも楽しんでもらう。
このように意味の大きさを付け足しました。飲食を楽しんでもらうというのはどこの飲食店も同じです。僕にとって大切なのはそれを共有する時間の存在です。そしてコロナ禍によりテレワークで家の仕事になる方が多くなったことで家族で過ごす時間が増えました。緊急事態宣言下においては家族全員の食事をお母さん一人で作るのは大変だろうと直感で思いました。そこで新しい目標が加わりました。
・飲食をする時間を店舗でも家でも楽しんでもらい、お母さんの料理の手助けをする。
ただ、お弁当を作るのではなく、主婦の方が安心して買っていけるようにすること。安全に手作りをすること。一つの目標から様々な意味合いが生まれましたが、飲食業にとって根底にあるべき大切な意味合いを再確認し、それを実行していく楽しさがありました。その楽しさが継続に繋がる大切な要素となりました。
具体的な内容があるからこそ、そこに付随する小さなものも気が付くことができるようになります。この「気付く」ということは飲食業に関わらず、様々な面でとても優位に働くことがあります。そしてそれを自然にできる人もいるんですが、継続をすることで身に付けることのできる感覚であり能力だと僕は思っています。自然に細分化していて、それに対する目標設定も可能になります。
「楽しくなければ続かない」「続けるためにはモチベーションが大切だ」よく言われます。しかしこれが大変だということは分かっています。お客様が極端に少ない日もあります。スカスカの店内を見るとモチベーションだって下がります。しかし、それでも止めないで続けることをしてきました。その中で特に有効的だったことが2つ紹介をします。
実際に日報に書いている項目ですが、営業前のものと営業後のものがあります。
・出勤前
(1)今日の目標
(2)目標に対する今日の行動
・営業後
(1)今日接客で工夫したこと
(2)今日の結果
(3)良かったこと
(4)改善点
これを全員が確認できるようにしています。それに対するコメントも全員が見れます。
出勤前から自分で今日の目標を立てます。目標を立てるだけでなく、それに対してどんな行動を取るかも書きます。1日を終わって営業前に書いたことができていたかは、その日の営業を振り返れば直ぐに分かります。
そして営業後には営業中の接客で工夫をしたことを最初に書きます。自分の行動で工夫をしたということは印象に残りやすいですし、何かしらいい結果が得られると思っているからです。もちろん、その逆もあり得ます。そして全体的な意味での今日の結果。記憶に残る良かったこと。そしてさらに良くなるためへの改善点。
ネガティブなことを考える要素は出てきても、最終的にそれに対する解決策を自分で考え改善をするポジティブな方向に運ぶことで翌日からの改善につながり、それが出来るようになるサイクルを自分でグルグルと回すことができるようになります。気が付かないうちに自分でPDCAを回している状態です。
こういうのを「自主的」と言いますが、それが一番手っ取り早いです。自分でやって結果も自分で見る。良くも悪くも自分でやってみる。その結果に自分で責任を持つということです。
自分がやるべき仕事を自覚し責任を持ったとき、人は成長をすると思います。
洗い場だったときにも「僕がミクニの洗い場の責任者なんだ!」そう言い聞かせて鍋を磨き皿を洗っていました。ミクニの洗い場のすべてが僕の力量にかかっている。お皿が洗えていなかったらお客様に迷惑をかける。鍋がきれいでなかったらお客様をがっかりさせる。全ての仕事の延長上にはお客様がいて、そこが全てという現実を自分で思い知る。自分自身に必要以上のプレッシャーをかけ洗い場の仕事をしていました。
そこまでやらなくても・・・と思うかもしれませんが「求められていると感じる」そういう感覚がありました。そこまでやってこそミクニの洗い場だ。誰も出来ない最強の洗い場の仕事をする。そういう目標を持ち行動をして三國シェフから「認められたい」「求められたい」という個人的欲求しかありませんでした。
でも、このときの根性があったから今の僕があると言っても過言ではありません。このときに確実に料理人というよりも大人として、社会人として成長をした時期です。
農業を始めたことで準備の時間だけでなく、営業のスタート時にいないときが増えました。コロナ禍のときの取り組みのときから雪下の行動量が格段と増えました。そして農業を始めたことで僕が不在になるときにも業者さんとの段取りやメニュー替え、SNSやPOP作成など、最初はパソコンの仕事に手間取っていたはずが、メキメキと操作を覚えました。
それだけでなく、イベントをする際の段取り、準備物や業者さんとの下準備から開催当日、その後のフォローまで行ってくれています。先日のセント・アンドリュース・デーの際に3つのパブで合同でビールを造りました。昨年はその段取りは僕がやっていましたが、今回は雪下に任せました。雪下以外はパブのオーナーさんたちの中で全ての場面において中心になり物事の段取りなどを決め、業者さんとの間にも入り日時などの確認、配送に関して、各店の割り振りなど、見事にやりこなしました。それらのやりとりはメンバー間のチャットで僕も見ていたのですが、業者さんに迷惑が掛からないように、先に決めなくてはいけないことを先に決めて報告し、メンバー間の意見や質問ごとも常にまとめて報告。非常にスムーズに運びました。
店舗で行うセミナー時も打ち合わせ段階から考えられる不安要素を出して、何が一番問題になりそうかをセミナー担当者さんと話し、テーブル配置からタイムスケジュールの把握、内容についての提案と改善を、随時担当者さんとやり取りをしていました。セミナーが終わった後もフォローアップとして改善点、良かった点を書きだし共有。素晴らしいやり取りだなと感じました。
たとえどんなに仕事が単調だったり、自分の好きな仕事だとしても、責任を持って取り組んだときからプロ意識が芽生え、その道を進んでいくのだと思います。
正確な仕事、目標までの過程と結果。それらの覚悟がその本人を成長させていきます。
山崎も入社したときは飲食経験はアルバイトで少々かじった程度。ましてや料理なんて何も分からない状態で始まりました。最初は仕事を見せて、メモを取らせ、再度見せては、メモを取らせの繰り返し。メモしたものは別のノートにきちんとまとめさせる。そして次にはそのノートを見ながらやってみる。間違っている部分を言う。メモさせる。その繰り返し。一人でもなんとかできるようになり、営業中の調理も出来るようになりました。農業が始まったことで仕込みを自分一人でやらないといけなくなる。段取りが分からず間に合わない。今度は別の段取りでやってみる。少しは良くなった。何を最初に仕込み始めて、その順番でやったのか。そういうことを考えないといけなくなります。時間のかかることは最初にやらないと後で慌てることになり間に合わなくなります。
料理をやると段取りが良くなります。本当です。
そして、僕は任せるという責任が付いてきます。自分がやらないことも自分に直結をします。雇用に対する責任。顧客に対する責任。サービス・商品に関する責任。責任は重くのしかかってきます。ただ、それは辛さを伴いつつも楽しさ併せ持つ不思議なものです。でも正直なところはプレッシャーに感じることの方が多いのが責任です。
でも、この責任というものが無いと成長をすることができません。責任は楽しいことは少ないかもしれませんが、もれなく成長がついてきてくれます。
その成長を実感したときに責任というものを改めて感じ、そして感謝ができるものです。
だから、成長をするためにビビらないで責任をいっぱい味わいたいです。
2020~22年の約3年間は本当に時間が過ぎるのがあっという間でした。1年を通しての速さよりも1日終わる速さの方が異常に感じました。農業が始まったことも大きく影響しています。畑に行く日は早朝から畑に向かいますが小山までは約90分。そこから車で移動します。15:00頃まで畑仕事をしてから店に戻ってきて日付が変わるまで仕事というスケジュール。なので1日の稼働時間が長いことも1日が過ぎる速さに拍車をかけていると思います。それを週に2~3回。
今年は45歳になりましたが体力は落ちるどころか更にアップしているような気もします。それもこれもスコッツマンも農業もやりたいことが多すぎて時間が足らないと思っているくらいです。それが一番の理由です。
コロナでお客様の生活が変わり飲食店の使い方が変わったのなら、僕ら飲食店をやっている側も変わります。もちろん変わらない部分というのは根っこの部分にしっかりあり、それがあることを前提で変化できることは躊躇をしません。営業時間も短くなったし、研修として勉強しに行く日を作れたり、お菓子を作ったり、生姜商品を作ったり、この辺りがこの2~3年の間に色々試して残ったものです。
とにかく、色んなことに手を出してはとりあえずやってみるという姿勢を崩しませんでした。そして残ったもの。これがさらに力を入れて行くものとして2023年は考えています。僕は何でもとにかくやってみるので無駄が多かったりします。そして失敗も数多くしています。僕にとってはそれら全部含めて経験です。それが僕の強みだったりもするのかなと思います。
何かがドカンと跳ねてはいないけど、その要素を大きく含んでいるとしたら、それは農業です。地球規模で考えても農業はポテンシャルがあります。それを既に始めていること。そして僕らは飲食店をしていること。「食」ということの元になる生産をできる技術を持っているということ。無農薬でやること。それらを飲食店とは違う体験として提供することも可能です。2023年は拡張した畑が本格始動をする年です。楽しみな1年です。そのことで店舗を不在にすることがある日が出てくるかもしれません。僕がスコッツマンに居ないときは「畑で頑張ってるんだな!」と思ってください。雪下と山崎がいつもと変わらぬスコッツマンを造ってくれます。だからこそ、安心をして次に進めます。
この3年間に培ったものを発揮して行きます。